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エコール

映画

エコール [DVD]

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 一応、百合系統の小説を書いている人間としては参考までに見ておこうかなと思い、見ました。
 あるブログでロリ映画と言われた結果、オタクの一部ではそういう認識がされている映画という前情報を持ってみたんですけれど、これ、そういう前情報をもって見てるとかなり醜悪な映画に思えます。
 なんつーか、純粋には楽しめなかったなぁ、僕には。
 
 物語については、具体的なことはアマゾンのレビューを見るのが一番手っ取り早いかな。女性の思春期を描いているとか、象徴的に見ると〜とか、母体の中の話とか色々な解釈がされています。
 例えば、冒頭でイリスという少女が舞台へとやってきます。その方法が、棺おけの中に裸で入っているというもの。これはまぁ、舞台を楽園と例えるなら、現世との死別なんでしょうねぇ。そういう象徴なんだと思いますけど。
 で、レビューを読んでいたら、噴水の象徴を考えている意見がありますが、それを言うなら川も絡めないといけない。つまり水を学校への入学から卒業までの一連の流れと、卒業後の繰り返される時の流れの違い。それを象徴していると取れるし、取れないとも言える。
 噴水の象徴学的な意味を僕知らないからよく言えないんですよねぇ。勉強不足ですみません。
 まぁ、そういう物語的な象徴性はどうでもいいんですけど。
 
 ぶっちゃけ僕は、この映画が好きにはなれない。
 確かに「大人に孵化する前の、純粋無垢(イノセント)な少女たちの世界」は描けていると思う。が、僕はこれを見て美しいとは思わない。
 少女しかいない世界で、僕がずっと考えていたのは男の存在。それをどこに入れてくるのか、それだけに注目していた。そして男は出てきた。舞台でダンスをする少女たちを見る観客として。しかもその姿は真っ暗で見えず、ただ存在だけを浮かび上がらせている。
 気味が悪いというか、醜悪。つまるところ、この映画を見ている僕らは、その観客たちと位置的には変わらないのではないだろうか。そして、この少女たちが美しいということ自体まちがっている。
 
 この世界が美しいというなら、それは目が狂っている。こんな世界美しいものか。
 この世界はただただ周囲が強制的に少女たちに「イノセント」を押し付けているだけである。少女たちは決して「イノセント」なんかではない。彼女たちはただ「従順であれ」と言われ、生きるためにそれに従っているに過ぎない。
 この世界のおかしなところに「なぜ?」と問う少女に「知りたがり屋」といじめる上級生。従順にこの世界に従う上級生。何も教えず、ただ従順であれと教える教師。脱走を試みる子を罠にかけるようなボート。脱走した子に罰を与えるシステム。何もかも、少女たちにこの檻の中の世界で「イノセント」を押し付けているだけである。
 そして、観客たちはそんな風に強制された「イノセント」を見て、美しいというのだ。たしかに大人に孵化する前の、純粋無垢(イノセント)な少女たちの世界」は描けているが、こんな世界は狂っている。
 少女たちは決して望んでイノセントなどにはなっていない。現に、少女たちは常に外への好奇心を持ち、この世界がおかしいことを理解している。しかし、どうしようもないから従順に従っているだけである。彼女たちは規律に縛られた蝶だ。
 そしてそんな世界の維持にお金を出している観客。
 
 僕にはこの世界はとても醜いモノに見えた。
 それはもしかしたら僕だけかもしれないが、僕はこの映画にそういう感想を残す。
 もしかしたら「イノセント」を「いい子」に置き換えると、その醜悪さはわかりやすいかもしれない。