読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

遠回りする雛

遠まわりする雛

遠まわりする雛

 米澤穂信先生の最新作にして、古典部シリーズの最新作にして、短編集。久しぶりの古典部の面々に出遇えたことが素直に嬉しく、本屋に予約をしたのに発売日に手に入らずに今日まで待たされたことが悲しくてしょうがないです。
 他の本ならばいざ知らず、この本だけは発売日に読みたかった。
 そして、この本はそれだけの期待を持った読者に応えるだけの質を持っていた。
 
 僕が時々使う『私、気になります』のネタ元である古典部。一番最初に出てからもう何年経ったのかわかりません。なぜか『愚者のエンドロール』から先に手を出してしまい、続刊であることを知って、読み終わった直後に本屋へ駆け込んで『氷菓』を購入したのは良い思い出です。
 そしてハードカバーで『クドリャフカの順番』が発売された時の喜びは語る言葉がありません。寝るのを忘れて読み続け、昔と変わらないテンポの良さとビターチョコのような甘みの中に苦味が含まれた中身に感動をしました。
 小市民シリーズや『さよなら妖精』などの創元推理文庫から発売された小説も大変面白かったですけれど、やっぱり米澤穂信先生の作品としては、古典部シリーズが最高です。
 
 さて、前置きは置いといて本作の感想ですが、面白さは『クドリャフカの順番』ほどではないですけれど、短編集らしく一つ一つがよくまとまっており、ビターチョコの甘みと苦味が合わさった出来はさすがでした。
 推理小説としてはそれほど難易度は高くないと思います。どの話も少し伏線に注意して読み込んでいけばおのずと解答が導ける出来ではないでしょうか? だからこそ、巧みに張り巡らされた伏線のうまさに唸ります。
 特にラスト二つは秀逸。ふくちゃんの謎と奉太郎の変化が描かれ、そこにビターな味わいが含まれている内容は米澤穂信作品の真骨頂ではないでしょうか。
 ミステリー小説としては『心当たりのあるものは』がすごいと思います。日常の中のあれだけのキーワードでここまで推測を膨らませて話を展開させられるとぐいぐい先が読みたくなり、最後には賞賛の声を上げたくなります。
 ネタバレかもしれませんが、今回も人は死にません。うん、一時は人が死ぬ話が書けないと言われた米澤作品らしい形。日常の中の謎を解きつつ、巧く青春の中にある苦味を描いている。
 ライトノベルというほど現実から離れているわけでもなく、文学というほど堅苦しくもない。そしてベストセラー化する携帯小説のようなリアルさのないリアルでもない。フィクションでありながらリアルである。物語ではなく底に潜む本質のようなものが。
 『正体見たり』なんてのはその典型ではないだろうか?
 
 この一冊だけでも古典部の醍醐味は十二分に体感することが出来ると思います。350ページもあるので3時間くらいかかりました。でも、短編なので、一つ一つはそれほど長くないですよ?
 とにもかくにも、あと二回ぐらい読み返そうと思います。