秒速5センチメートル

 新海誠監督の最新作「秒速5センチメートル」を今、読み終わりました。見終わったわけではありません。読み終わったので間違いありません。映画はすでに二度も見ていますし、特別版のDVDも購入しています。
 読み終わったというのは、雑誌『ダ・ヴィンチ』で連載されていた新海誠が執筆した小説版『秒速5センチメートル』です。
 
 新海誠作品は過去二つ両方共に小説版があります。『ほしのこえ』など二つあるほどです。僕はそのどれもを読んでおり、映像では描かれなかった部分を読み、胸に何かを抱くのです。
 今回の『秒速5センチメートル』はそれまでと異なり、新海誠自身が執筆しています。そういう点では、今までと違い、もっとも原作に近い小説といえると思います。
 3部作を上下編で全6話にまとめ、短くも、映像では伝えられない部分を描かれた小説は読む価値があったと思います。逆に、これは読むべきではなかったとも思います。
 原作の言葉を若干借りるなら、『この小説を読む前とあとでは、作品の見方ががらりと変わった』と言うべきです。それくらい、この小説版は原作では描かれなかった部分が描かれており、読みきったあと、僕は一つの疑問を抱かざる得ません。
 新海誠は最初からこの奇跡を描いていたのか? それとも、小説を書くときに改めて書き足したのか?
 
 それがどういう意味なのかは、小説版を読めば当然わかりますが、読んだ瞬間、確実に『秒速5センチメートル』という作品の見方が変わります。だから、あなたが最初に抱いた気持ちを大切にしたいのなら、読まない方がいいと僕は思います。
 雑誌での連載は今回で最終回を迎えましたが、11月に単行本として発売される予定だそうです。レンタルも10月末頃に開始されるそうです。
 
 僕が映画館でこの作品を見たとき、見終わったあと、後ろで『切ないね』という感想を漏らす観客の声を聞きました。それを聞いたとき、僕は違和感を抱かざる得ませんでした。どうして『切ない』のだろう? と僕には理解できなかったのです。
 もちろん、作品には感動したし、胸がいっぱいで一時的な放心状態になりました。けれど、僕は『切ない』は違うだろう? と思っていました。それを先輩に言うと、君は人とは違うからねぇ、と言われ、確かに僕の感性は人とずれていますよ、と拗ねました。
 それからしばらくして、ある新海誠のインタビュー記事で『日常』という言葉が出たとき、すとん、と僕の中で何か納得できるものがあったんです。これは特別な物語ではなくて『日常』の中にあるものなのだから、それを『切ない』と思うわけがないのだと。……ああ、きっとこの時点でずれていますね。
 でも、僕にとってそれは日常で、だから『切ない』なんて抱かないんだと思いました。あるいは日常だからこそ『切ない』と思うのかもしれませんけどね。
 どちらにしろ、『切ない』という感想を抱かなかった僕はすでに人とずれているということかな。
 
 長々と書きましたけれど、簡潔に言うなれば、
『小説版を読むならある程度覚悟して読め。読んだあとと読む前では確実に作品の見方が変わる』
 ということです。