"文学少女シリーズ”

“文学少女”と穢名の天使 (ファミ通文庫)

“文学少女”と穢名の天使 (ファミ通文庫)

 新作を書き上げた状態で二冊も本を読破するラノベジャンキーが今回手を伸ばしたのは、よりにもよって?文学少女"シリーズの最新刊と前巻です。何か本を読もうと思ってつい手を伸ばしたら、思わず二冊とも読みきってしまいました。
 ?文学少女"シリーズは、一つの本あるいは作者をテーマにして物語が展開し、巧くそれを搦めつつ、所々で誰かわからない文を挿入することでミステリーぽい味付けがされた作品です。今回も今までどおり、穢名の天使ではオペラ座の怪人を、慟哭の巡礼者では銀河鉄道の夜を主軸に話を展開していました。
 また、三巻まで出てきた主要なキャラクターを巧く話に絡めており、変に新キャラクターに頼らないところに好感が持てます。5巻ではついに物語の山場であるミウが登場し、波乱に満ちた物語でした。
 
 この作品を読むと感じるのが、作品で扱われた物語を読んでみたいというもの。この欲求はどうしようもありません。もし、本屋や図書館でコーナー組されていたら確実に買います。それはきっと僕だけではないと思いますが。
 それくらい、この作品は巧く物語りに組み込んでいるといえるでしょう。個人的には、朝の読書運動とかやっている中学校か高校で読ませたい。本を読む契機としては、これほどオススメな本もないと思っています。
 
 さて、前語りはこの程度にして本編の感想はといえば、前巻までのストーリーをぽっかり忘れていて四巻は最初の辺りはつらいものがあり、徐々にそのストーリーに引き込まれたことで面白みが増したといった感じです。
 そして続けざまに読んだ五巻は秀逸でした。これまでの伏線の大半を回収し、その上で安易な話にせずに深くしっとりと味わい深く描いていて、主要キャラクターをこれでもかというほど巧く絡ませていました。
 
 この物語の不思議なところは、その透明感だと思っています。四巻は特にその印象が強く、読めばわかることですが、そこそこにダークな部分、穢れた部分が描写されています。それはそれまでの巻でもそうでしたけれど、久々に読んでみて改めて感じる、この透明感。
 ダークな部分を描いているのに、読者である僕は読むのが嫌にならない。たまに小説で胸糞悪くなるようなDQNを登場させたり、穢れた部分を描写したりするものがありますが、それとは一線を画する透明感があります。澄み切っていて、綺麗で、汚い部分を描いているのに嫌な気分にならない。
 そのせいで胸に響かないという弊害も若干ありますが、むしろ僕はこの透明感の方が素晴らしいと思うし、そちらを大事にしてほしいと思う。
 
 話としては、慟哭の巡礼者のほうが僕は好きです。というか、ミウのキャラクター性が好き。ゾクゾクしましたね。ああ、言っておきますが僕はマゾではありません。わかりやすく言うなら、趣味趣向が櫻井流人と同じだということ。
『どこかぶっ壊れていて、危なっかしいヤツ』
 そういう子がタイプなんです。僕自身が他人の感情に鈍感だから、それくらいの子じゃないと釣り合わないんです。だから、ミウのようなキャラクターはかなりツボでした。
 一瞬、ヤンデレかとも思いましたけれど、それとも少し違うような、あるいはその通りであるような。
 どちらにしろ、彼女の狂い具合で、安易な話になっていなかったことに賞賛を送りたいです。
 
 それにしても、学校の階段文学少女狂乱家族日記にバカとテストと召還獣と今のファミ通文庫は強いですね。古参としても吉永さんがあるし、そろそろファミ通文庫の時代が来るのかな?