ツンデレ

 ツンデレという名称が出来たことで、ツンデレという性格パターンが完成されました。この結果、ツンデレのような存在を描く場合、それは意図的に描くのか自然と描くのか、二つに派れることとなりました。
 なぜなら、確固とした存在が出来たことで、今まで漠然とこういうキャラを描こうというものがツンデレを描こうという形へと変化するわけです。
 そしてツンデレという言葉が出来る前と後ではあきらかに描き方が変わったはず。
 つまり、今までの曖昧で多様性のあったツンデレが消え、ツンデレという骨格を基礎とした多様性が顔の上に冠ったお面のようなツンデレが誕生するようになりました。
 エロゲーラノベを見れば、あからさまにツンデレと書かれたキャラがいたりするのはそのセイ。
 いままでの曖昧で多様性のあったツンデレは言葉がなかった故に自由でした。でも、今は違う。書き手も読み手もツンデレという骨格からその多様性を見定めている。それは自由なようで足に鎖がつけられた小鳥みたいなものです。どこまで飛べるかはその書き手の力量次第。
 そういう次元へと変化しました。


 うーん、論理的な用で論理的じゃない文章でした。
 まぁ、なんでこんな文を書いたかといえば、友人の家に泊まりに行った際にゼロの使い魔のアニメを見たからです。あのアニメはアニメとしてはひどく平凡ですが、ツンデレを描いた作品としては模範的な作品だと思いました。
 しかし、僕は思うわけですよ。
 原作者がゼロの使い魔を書き出したとき、ツンデレはそれほど流行っておらず、作者はツンデレと意識して描いたわけではなく、こういうキャラを描こうと漠然とした形で描いていたのではないか?
 それに対して、アニメはツンデレというキャラクターの形を認識した上でアニメを制作したのではないか?
 そうなると原作とアニメでは明らかな違いがあってしかるべきではないか?
 そこんところを考察できたら、ツンデレの言葉が誕生した(流行した)以前と以後の変化がわかるのではないでしょうか?
 そういうことをゼロの使い魔を見て、考えました。
 まぁ、原作も嫌がおうにもツンデレという言葉を意識せざる得ず、変化してきているのではないでしょうか? まっ、この手のハーレム物に僕は少々飽き飽きしていますが。
 だから百合に……。